T−62A

T−62A
1/35
タミヤ
製作・King of MIZONOKUCHI

 

 当時としては久しぶりに制作したAFVです。Xデーに向けて松本の幹事長さまと電話にて会談した折、「結局、凝った物にすると完成しない」と言う意見で一致。日程的にも余裕が無いので、今更何か特別な事をしても仕方ないので、最も自分が自分らしい模型を出来るアイテムとして、旧ソ連戦車の中から、先ずは軽いジャブとしてT−62Aを選択。

 

 

 今回、時間的な制約もある事ですので、「手間が掛らず短時間で終わる」と言う点に絞って、細かなディテールアップに留めました。

 ・同軸機銃の追加、・ライト類のコードの追加、・主砲連動サーチライト基部の金具の追加、・潤滑油注入口の追加、サイトアップの裏打ち、ペリスコープ横の突起物の追加、排気口の加工とリベットの追加、シュノーケル収容具の加工、・丸太の留金具、砲塔の鋳造表現などです。

 また、アンテナは上部を切り飛ばして、基部にピンバイスで穴を開けて、伸ばしランナーを差し込むようにしてあります【写真】。キットのままですとアンテナが太くて短いうえ、保管や輸送時に破損する恐れがある為です。尚、写真ではアンテナが付くとその為だけに写真の縦サイズが大きくなるので、主にファイルサイズ面での配慮で、決して付け忘れた訳ではありません。

  

  

 

 

 

 

  

  

   

 今回のオチとしては、最後にキャタピラ付ける時に、砲塔を外さないと言う横着をした為、手摺が一箇所破損してしまった事ですかね? 上手くリカバリー出来たので、外観上はほぼ解りませんけど。

 あと、デーカルが思っていた以上に死んでおり、コマンダーズサーチライトに貼った物は、キットに3つ付属していますが、最後の1枚でようやく貼れました…。

 ちなみに二段オチとして貼った直後に、基部の接着面が小さい為に数度の作業に耐え切れず、コマンダーズサーチライトが外れました。

 

 

 塗装に関してはT−62に限らず旧ソ連戦車の場合、これと言う決定的な色が無く、資料の中から自分の好きな色と言う事になります。ダークグリーン、オリーブドラブ、又は迷彩の中から選択する事になりますが、今回はシンプルなダークグリーンにしました。

 ロシア戦車色(2)をベースに選びましたが、普段使わない事もあり今一つ思った感じに仕上がらず、自分の中では納得行く結果ではありません。これは初めて使う色なのに、試し塗りを行わずいきなり実践で使った自分が悪い、としか言いようがありませんが…。

 また、波除け板は実車では本体と同じ色で塗られていますが、あえて素材を表現する為に、木の色で塗ってあります。

 キットの方は古い事もあり、言い出したらキリがありません。特に酷いのは主砲の砲口部(C30)、初期型を除けばこの部分はフラットで段差はありません。

 その初期型にしてもキットの様な大きな段差ではなく、ここは大きな修正点。

 リモコンの名残からか車体下部のパーツに穴や隙間が多く、これらは完成した後になって光が差し込み、重量感を損なう原因にもなるので、全てプラ板で塞ぐ必要があります。

 それでも冷戦時代にT−62Aを出したと言う方を評価するべきでしょう。

 実車の方は中東で鹵獲された物が米国に送られた事もあり、この時期の旧ソ連戦車としては資料が豊富な方です。

 個人的に全体の出来を斬魄刀で表現するなら「始解」って感じです、元々リファビリ半分に作ったので、久々ならこんなモンでしょう。思っていたよりかも腕はサビでなかったし、次にT−62Aを作る事にはもっと手を入れたいですね。

 

 

  

 

  

 1940年代末から30年以上に渡って10万両近くが生産された大ベストセラーのT−54/55、その後を受けて登場したのがT−62ですが、その生産は1970年代後半には終わり、総生産は約2万両に留まっています。(それでもT−64の約4千両に比べれば多いですが…)
 T−62の系譜をたどると、元はT−34/85の強化案である100o砲を搭載したT−34/100にまで遡り、これが後のT−44となり、そのT−44の改良型がT−54ですから、由緒正しい戦車と言えます。

 その形状からも判るようにT−54の正統進化型と言うべき戦車で、様々な新技術を意欲的に取り込んだT−64と比べると、如何に手堅い作りをした戦車であるかが解ると思います。
 元々はT−54のシャーシに100o滑腔砲を搭載する予定で、いかにもT−64までの「つなぎ」と言った感が拭えませんが、結果としては70年代後半まで主力戦車の座を担う事になります。

 よくT−62の欠点として遠距離における命中精度が上げられますが、実際にT−54/55やT−62の照準装置は第二次大戦当時の物と大差なく、特に1500m以上の距離になると急激に下がります。しかし、この辺りは逆に言えば単純で故障も少なく扱い易いと言う利点もあり、旧ソ連製の兵器全般の共通した長所でもあります。

 近代化の改修を受けた車体にはT−72と同じレーザー測遠器や弾道計算コンピューターを搭載、エンジンもT−72と同じ物に換装され、80年代中期以降は主砲よりATMを発射する能力まで追加されています。この主砲発射ATMについては、90年代になっても米国を含めた西側は知りませんでした。
 主砲発射式のATMは、T−80については早くから知られていましたが、そり以外の旧ソ連のMBTには発射能力が付加されており、実際にどの程度有効なのかは不明ですが、特徴になっています。

  

 

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T−62/初期輸出型

T−62A 1/35 タミヤ

製作・松本の幹事長

 松本の幹事長さまが91年に制作したT−62初期輸出型です。サンドイエローに塗られているのは、湾岸戦争の時節柄だったからです。因みに私はT−72初期輸出型を作りましたが、完成品は現存していません。

 対空機銃が付いていないのは、初期輸出型のT−62には付いていないからで、付け忘れでは有りません。厳密に言うと初期型は車長ハッチが避弾経始に沿って斜めになっており、エンジン・グリルのハッチパターンも違いますが、この辺りはソ連戦車マニアしか知らない事なので、一般的には対空機銃が無いだけでも通用するでしょう。

 

 

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T−62/エジプト軍仕様

T−62 1/35 イタレリ
製作・King of MIZONOKUCHI

 キットは、イタレリの物で、初出が何年かは分かりませんが、説明書にはロシアではなくソビエトと書かれているので、少なくても20年程度は前の物だと思います。

 その頃の金型技術の水準で見ても、かなり残念なキットで、もう、何処をどうする、というレベルではなく、そのまま作って完成させるのが一番なのですが…。
 流石に、それだとロックアップからの腕の取り合いどころか、試合前の控室でのアップ程度で、「お前、仕事してないだろう!」と言われそうなので、砲塔左側にサガーATMを装備(エジプト軍仕様)、ライトガートの追加、といった程度はやってあります。

 昔、SUPER大戦略のT-62のイラストで、このタイプが描かれていたので、T-62と言うとこのタイプを想像する人も居るかも知れませんが、確かにエジプト軍が使用した車両に実在しますが、全体から見たらかなり稀有なタイプです。

 完成後、数か月間放置してから、写真を撮りましたので、その間に色々な箇所が破損していました。まぁ、こんなキットですから、惜しくはないんですけど…。

 

 

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